次世代のトップアスリートのリアルな思考を掘り下げるメディア『Cross Track』。今回は、前回・前々回に引き続き、女子1500mを専門とするルイジアナ州立大学(LSU)の澤田結弥に話を聞いた。
本稿では、彼女がこれから何を目指し、どの方向へ進もうとしているのか。競技人生の展望と、その挑戦が日本の陸上界に持つ意味を掘り下げていく。
なぜアメリカを選んだのか

「固定概念」の崩壊と「個別最適化」の価値
彼女にとってアメリカ進学は、単なる環境変更ではなく、「どのような立場で競技と向き合うか」を選ぶ行為だった。
日本の高校からアメリカの大学へ進学する。その決断の理由を問うと、澤田はまず率直なきっかけを挙げた。
「U20世界選手権のあとに声をかけてもらったのが一番大きかったです」
実際に大学を訪れた際、施設の充実度だけでなく、コーチと選手の関係性に強い魅力を感じたという。
「コーチが選手からすごく慕われていて、人柄もいいなって感じました」
彼女が重視したのは、一人ひとりを個人として見てもらえる環境だった。
「中高でも個人として見てもらいながら、コーチと相談しつつやってきたので、一人ひとりのメニューをしっかり考えてもらえるのがいいなって」
その感覚は、アメリカのトレーニング文化と強く結びついている。
アメリカでは、タイムだけを唯一の評価軸とするのではなく、「effort(努力感)」などの多角的な指標を用いて練習が提示される。選手一人ひとりの状態や目的に応じて負荷や狙いが共有されるため、「個人として見てもらえている」という実感が、日々の練習の中で具体的に裏打ちされていく。
「日本にいたときは(自分自身の)固定概念が強くて、練習は毎日全力、試合前1週間の流れも固定で、『これをやらないとだめ』っていう感覚がありました。それが一気に変わって、最初は正直不安もありました」
しかし今では、その変化こそが自分を成長させていると感じている。
「いろんな物差しがあるからこそ、タイムだけじゃなくて、広い視野でいろんな軸から強化できている感覚があります」

「新たな選択肢」になるという意識
こうした環境選択は、やがて彼女自身の成長にとどまらず、日本の陸上界に対する問いへと広がっていく。
澤田は、自身の挑戦を単なる個人のキャリア形成としては捉えていない。
「皆にこういう選択もあるんだよっていう一つの希望になれたらいい。」
アメリカの大学陸上界には、アジア出身の選手はまだ少ない。
「ヨーロッパの選手は、最初はそこまで速くなくても、来てから一気に記録を伸ばす子が多い。日本でも、来ようと思えば全然来れるのに、選択肢としてあまり考えられていない気がします」
成功例が少ないからこそ、自分がその一例になる。その意識が、彼女の行動を内側から規定している。
原動力と時間軸、そして現在地

原動力
こうした立場を引き受け続けるためには、明確な原動力が必要になる。同時に、その原動力は視線を自然と長い時間軸へと向けさせ、現在地を規定していく。
長期的な挑戦を支えているものは何か。その問いに対し、澤田はまず人との関係性を挙げた。
「中学の駅伝部に誘ってくれた先生とか、高校の先生とか、そういう人たちがいたから今の自分があるなって思っています」
その思いは、感謝だけで終わらない。
「そういう先生たちに、結果で恩返しをしたい、喜ばせたいっていう気持ちが原動力になっています」

一方で、競技者としての率直な欲求もはっきりしている。
「単純に負けず嫌いだし、勝ちたい、記録を出したいっていう気持ちはやっぱりあります」
さらに、世界大会という舞台そのものが持つ魅力も、彼女を突き動かしている。
「世界大会で走るときって、やっぱりすごく楽しい。世界の人と一緒に走れたり、いろんな文化に触れられたりするのが好きで、またあの舞台で走りたいって思います」
こうした原動力は、彼女の価値観そのものを変えた。
「日本にいたときは、日本選手権とかインターハイとか、『今』しか見られていなかった。でも今は、『今』も大事だけど、その先のことも見られるようになってきたと思います」

アメリカでの経験を通じて、彼女は先の未来を見据えてトレーニングに励んでいる。
「何歳でオリンピックに出るために、だから今これをやる、っていう考え方になりました」
長期的な未来を見据えつつも、彼女が向き合っているのは極めて現実的な課題だ。
現時点での最大の目標は、自己ベストの更新である。
「まずは高2のときに出した自己ベストを更新する。それが今の一番の目標です」
挑戦の現実と、その先にある覚悟

もっとも、この立場を選ぶことは、理想だけで成り立つわけではない。
日本での競技生活との違いを感じることもある。
・長時間のフライトによる移動
・言語の壁
「最初は英語も全然分からなかったけど、今は普通の会話なら問題ないです。チームもいろんな国の人がいるので」
こうした現実を受け止めたうえで、彼女ははっきりと語る。
「やっぱりまずは結果を出したい。それがないと、何も始まらないと思っています」
結果へのこだわりは精神論ではなく、この環境で競技を続けるための前提条件でもある。
挑戦の現実がもたらしたもの

人間的な成長
アメリカでの挑戦は、競技力以上の変化を彼女にもたらした。
「アメリカに行ったからこそ得られたものがある。可能性を広げてもらったし、人としてもポジティブになれました」
異文化の中で生活し、自立を求められる環境が、自己肯定感と柔軟な価値観を育てている。
引退後を見据えて
澤田は、競技後のビジョンも描いている。
「向こうで栄養学を学んでいて、アスリートの栄養を支える仕事や、日本とアメリカをつなぐ仕事をしてみたい」
競技を通じて得た経験を、次の世代や日本の陸上界に還元したいという思いがある。
「極める」とは
彼女は「極める」ことをこう表現した。
「自分が好きなこと、夢中になれることに対して失敗しても、他のこと削っても、とことん人生通して向き合って突き詰めてくことかな」
彼女の挑戦は、自身の競技人生の成功だけでなく、日本の陸上界の未来を豊かにすることを目指す、壮大なプロジェクトなのである。

編集後記
第3回では、澤田結弥の挑戦が、未来の目標だけでなく、過去から受け取ったものと現在置かれている現実の上に成り立っていることが浮かび上がった。
理想や志だけでなく、厳しい環境を引き受けたうえで結果を求める。その姿勢こそが、彼女の言う「挑戦の価値」であり、先駆けとして歩む理由なのだろう。
彼女のことを、高校時代の指導者である杉井先生は「いい意味での陸上素人」と表現しているのをネット記事で見かけた。陸上長距離走に取り組んでいる読者にはよくわかっていただけると思うが、陸上を始めて初期には、記録会に出るたびに自己ベストをどんどん更新できるフェーズが来る。深く考えなくても、無心で走っていたらどんどん記録が伸びていく。
彼女は高校から本格的に陸上を始め、そのフェーズの中で世界大会での快挙や全国トップを経験した。
あまり陸上競技との向き合い方がわからない中でそんな経験をすれば、同じような伸び幅で記録を伸ばしていかないといけないと思ったり、全国のトップを目指すためにもっと追い込んで練習をやらないと強くなれない、と、自身に対して義務感や切迫感を持ってしまうこともあるだろう。
私自身も同じような経験をしたことがある。中学校の全国大会に向けて「一日たりとも休んじゃ駄目だ」とか、「走りたくなくてもう走らなきゃだめだ」と当時は義務感を強く感じたこともあった。
それが0か100か、という思考や、今だけを見すぎてしまうことにつながる。
彼女の固定概念を変えた「一貫性と規律」の思考、練習を「繋げる」思考というのは非常に大きなものであったと感じる。私も取材を通じて感銘を受けた言葉であったし、誰もが通るであろう道だからこそ、とても大切なことであると感じた。
【終わり】

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