次世代のトップアスリートのリアルな思考を掘り下げるメディア『Cross Track』。第2回となる今回は、前回に引き続き、女子1500mを専門とするルイジアナ州立大学(LSU)の澤田結弥に話を聞いた。
本稿では、アメリカでの競技生活を通して彼女が出会った「一貫性と規律(Consistency & Discipline)」という価値観が、トレーニングの捉え方や挫折との向き合い方にどのような変化をもたらしたのかを扱っていく。
「一貫性と規律」という新たな哲学

「0か100か」から「今日のベスト」へ
澤田結弥の競技哲学は、アメリカでの生活を経て大きく変化した。その中心にあるのが、「一貫性と規律」という考え方だ。
高校時代の彼女は、完璧主義に近い思考に囚われていたという。
「今までは毎日100%じゃないとダメっていう考えがあって、そうしないと強くなれないみたいな感じだった」
「このタイムで走れなかったら、もうだめだって。自分の実力が下がっているみたいに、タイムだけにとらわれていた」
しかし、アメリカでの指導や環境を通じて、その固定観念は徐々に揺らいでいく。
「一貫性の途中にいるって思って、段階を追ってやっている」
疲労が強い日や、気持ちが乗らない日でも、完全に投げ出すことはしない。
「やりたくない日や疲れている日もあるけど、そういう日は80%でもいいから継続する、と割り切れるようになった」
ここで彼女が語る「一貫性」とは、常に高い強度を求め続けることではない。日々の状態に応じたベストを積み重ね、それを途切れさせない姿勢そのものを指している。
一方で「規律」とは、気分や調子に左右されすぎず、最低限やるべきことを守り続けるための軸だ。やる気の有無とは切り離して、自分の行動を一定の範囲に留めるための考え方でもある。
大学のコーチは、彼女にこう語ったという。
「今すぐオリンピアンになる必要はない。でも、いずれはオリンピアンになるべきだ」
この言葉は、彼女を「0か100か」という極端な思考から解放し、長期的な成長を前提に競技と向き合う視点を与えた。

「繋げていく」トレーニング思考
話を重ねる中、吉澤から興味深い話があった。
「なんか落合かな?も言ってたんですけど、自分を追い込んで、ここまでやらないといけないってやりすぎると“繋がらない”って。」
まさに彼女の言いたいことだったという。
「本当にそんな感じで。言いたいのは。しっかり継続して繋げていく」
アメリカでは、練習の強度や目的があらかじめ明確に整理されている。
「練習表にもVO2maxやスレッシュホールドって書いてあって、スピード強化なのか、持久力強化なのか、その日の目的が分かる」
高校時代のように「一本一本全力」という感覚だけではなく、あえて強度を落とした練習も取り入れながら、全体として能力を積み上げていく。
「いろんな物差しがあるから、タイムだけじゃなくて、広い視野で自分を評価できる。いろんな軸で強化できている感覚があります」
単一の指標に縛られない環境が、結果として彼女の「一貫性」を支えている。
挫折と向き合う

疲労骨折がもたらした視点の変化
高校3年時、疲労骨折によりインターハイ出場を逃した。
「高2の時に記録が一気に伸びて、初めていろんな経験をさせてもらって。一試合一試合、全部自己ベストを出したい気持ちで走っていたから、脚には来ていたと思います」
U20世界選手権に出場した一方で、インターハイという国内最大の目標を失ったことは、彼女にとって大きな喪失だった。
「インターハイを目指してやっていたのに、これで陸上をやっている意味があるのかなって。何を目指せばいいのか分からなくなりました」
しかし、その挫折は新たな視点を生んだ。
「ここで終われない。もっと上の舞台で勝負したい、もっと速く走りたいって思うようになった」
世界陸上での北口榛花選手や田中希実選手の活躍を目の当たりにし、「本気で速くなりたい」という思いが明確になり、アメリカ進学という選択へとつながっていった。

「出ちゃった記録」との向き合い方
澤田が長く向き合ってきたもう一つの壁が、高校2年時に記録した自己ベストだった。
「特別な舞台で、無心で走って出たタイム。正直、その時の実力に見合っていない感じもありました。『出ちゃった』って感覚があって」
その記録が基準となり、練習強度や周囲の期待を過剰に意識するようになった。
「もっとやらなきゃ、注目されてるから頑張らなきゃって。逆にいろんなことを考えすぎて、走りが噛み合わなくなっていたと思います」
記録を更新できない時期や、度重なる怪我によって、モチベーションの維持が難しくなることもあった。
「過去の自分に負けている感じがずっと悔しかったし、それにとらわれていたことが、逆に越えられない原因だったのかもしれない」
転機となったのは、アメリカでの環境だった。
「新しいアプローチをする中で、自分が成長している部分を見つけられるようになった」

周囲の選手やコーチはポジティブなフィードバックを惜しまない。
「いっぱい褒めてくれるから、自信やモチベーションも上がる。過去の自分と比べなくても、今は成長できているって思えるようになりました」
「アメリカの選手は毎年記録を更新していく。それを見て、自分の記録なんて大したことない、もっといけるんじゃないかって思えた」
彼女はいま、過去の記録を「実力で超える」ことを目標に据えている。
「次はそれを何度も出せる実力をつけたい。そのために、今は一貫性と規律を大事にしてやっています」
根拠なき自信と、人との縁

澤田は自身の強みとして、「根拠なき自信」を挙げる。
「どこかで自分を信じている感覚がある。みんなが成し遂げていないことも、自分ならできるんじゃないかって、どこかで思っています」
大舞台でも臆せず走れることは、その表れだという。
「試合が大きいからって、自分の力が出せなくなることはあまりない。それは一つの強みかなと思います」
その背景には、常に支えてくれる人の存在がある。
「昔から、周りの人が信じてくれるから、自分も自分を信じられる」
中学時代に駅伝に誘ってくれた先生、世界を見据える視点を与えてくれた高校の指導者、そしてアメリカで出会ったコーチや仲間たち。
彼女はこれまでの出会いを、運としてではなく、自身を形作ってきた重要な要素として受け止めている。
「大事な時の運は持ってるかもしれないです。どうでもいいところの運は全然ないですけど(笑)」
突き詰める力と、人との縁。その両方が、澤田結弥という競技者を形作っている。
編集後記
第2回では、澤田結弥がアメリカで出会った「一貫性と規律」という考え方が、単なる練習方法の違いではなく、競技との向き合い方そのものを更新している様子が浮かび上がった。
完璧を求めることで強くなろうとしていた過去から、日々の状態を受け入れながら積み重ねていく現在へ。その転換は、挫折や停滞を経たからこそ獲得された思考でもある。
結果を急がず、しかし歩みを止めない。その姿勢こそが、彼女の言う「一貫性と規律」の正体なのかもしれない。
次回予告
最終回となる次回は、「これから」をテーマに話を聞く。
なぜアメリカを選び、どこを目指して走り続けるのか。
個人の挑戦を超え、日本の陸上界に残そうとしている足跡とは何か。
澤田結弥が引き受けている覚悟に迫る。

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