【佐々木哲】第2回:腐って、積んで、また前に出る

Cross Track

次世代のトップアスリートのリアルな思考を掘り下げるメディア『Cross Track』。今回は、前回に引き続き、男子3000m障害を専門とする早稲田大学の佐々木哲に話を聞いた。

結果だけを追っていけば、トラックから駅伝まで、佐々木哲の競技人生は順調に見える。日本選手権、アジア大会、常に舞台の中心に近いところにいる選手だ。
けれど、彼自身はその見え方に、ほとんど実感がない。

トラックシーズンが終わるたび、同じところでつまずく。それが、彼の競技人生のもう一つの顔だった。

成長を生むための、腐り

トラックから駅伝へ、繋がらない時間

「トラックシーズンに賭ける思いが強すぎて、そのまま駅伝に行こうとできないんだよね。一回ガクンと、体も気持ちも落ちるタイミングがある。」

全力でトラックに集中する。だからこそ、終わった瞬間に糸が切れる。オフが短いことも拍車をかける。昨年も、7月末にユニバーシアードが終わり、8月の頭から合宿。そこからいきなり25km走が始まった。身体、そして気持ちが切り替わらない。それでもシーズンは待ってくれない。

「俺ね、一回腐るタイプなんよ」

彼は自分をそう分析する。

「俺も、いけると思っちゃうからさ、知らない間に勝手に燃え尽きてる。で、そのまま気持ち戻んなくて、一回腐る。」

強く期待し、強く賭ける。その分、落ちるときは深い。腐る。投げやりになる。やる気が出ない。彼自身、弱さとして自覚している。では、そこからどう立ち直ってきたのか。
話は、高校2年のシーズンに遡る。

Photo provided by the athlete

高2インターハイ8位、その後の失速

佐々木は2023年8月、高校2年のインターハイで8位入賞を果たした。

しかし、その1ヶ月後に貧血を発症し、走れなくなった。10月に行われる県駅伝のメンバー、10人の発表。そこに、佐々木哲の名前はなかった。

「当時はもう、終わったなって思った。」

チームの中でも最も遅いペースの組で走っていたが、思うように走れず、気持ちも入らない。
そこで意を決して、監督に「きついです」と伝えに行った。

変わります

監督には、こう言われた。

「貧血で状態が整っていないなら、走らずに補強に専念しなさい」

アドバイスだったのか、そうでなかったのか。本人にも正確には分からない。
言われた通り、その期間は補強のみの練習となった。
しかし、彼は終わらなかった。監督へのメッセージとして、日誌にこう書いた。

「毎晩、補強トレーニングをやります。」

毎年、10月の県駅伝が終わった後には、県駅伝を走らなかった選手の3000mタイムトライアルがあった。
「そこで1位を取ろうと思った。」
本気で頑張りだした理由は、実は好きな女の子に振り向いてもらうためだったこともあるという。本人はそう笑う。
それも含めて、彼の気持ちが入れ替わった瞬間だったという。

毎晩20分がつくった「差」

当時、彼は自分の弱点をはっきり理解していた。上半身が弱い。補強トレーニングが足りない。
彼はダイナミックなストライドで走るタイプだ。上半身が不安定だと、脚に走らされる。

そこから、夜ご飯の後の20分、先輩と一緒に8種目の自重補強をはじめた。
大袈裟なことはしない。毎日同じことを続けた。

「1つの種目にこだわって、きっちり正しい形でやる。狙う部位にしっかり効かせる。
自重の補強だから、大きく動作を作って、正しく追い込む。
とにかくこれを極めまくったら、走れるようになってきて。」

1日20分。1か月で10時間。

「俺、他の人間より10時間多く補強トレーニングに時間を費やしてる。
弱さを克服するために向き合ってるんだ、って」

この感覚が、彼の中に確かな優越感を生んだ。
補強を積み重ねることで、上半身で走りを制御できる感覚が生まれてきた。
貧血自体は、鉄分不足と睡眠で回復した。けれど、走りの安定感は、補強によって明確に大きく変わった。

3000mTT 1位、そして都大路へ

その取り組みが功を奏し、県駅伝後の3000mタイムトライアルでは1位になった。
その後の北信越駅伝では3区で好タイムを記録し、全国高校駅伝のメンバーにも選抜された。
全国高校駅伝では、5区を任されることとなった。

「これだけやってきたし、3キロ走るだけなんだから、爆走できるでしょ。」

そう思えた。人生初の大舞台にあって、この感覚だけが、彼の中に残った。
彼は異次元のスピードで5区を走破した。
半世紀止まっていた時計の針を動かす、歴史的な区間新記録だった。

Photo provided by the athlete

他者と比べないという選択

ーー うまくいかないとき、人と比べてしまったり、他者からの見られ方を気にしたりすることはないのか。
そう問いかけると、彼は少し間を置いてから、こんな話をしてくれた。
高校時代、同期に濱口という選手がいた。

例えば高校のときなら、
俺は濱口に、単純な努力では勝てない。別のところで勝つことしかないと思ってやってた。
あいつが駅伝で1区の区間賞を取るなら、俺は5区で区間新を出す。そこでとんでもないインパクトを残す。
直接対決じゃなくて、別の場面で勝てるならそれはある種の勝ちで、
勝負の土俵を、自分で選ぶ。」

その発想は、他者との比較に飲み込まれないための、彼なりの戦い方だった。

観客の目線や、周囲からどう見られているかについても、彼は驚くほどあっさりしている。

「俺がたとえ失敗したところで、世界は何も変わらない。」

せいぜい、近くにいる人が「今回走れなかったね、ちょっと残念だね」と思うくらいだ、という。
次は必ず来る。ここで終わりではない。

「正直、ここで失敗しようと成功しようと、対して俺の人生は変わらない。」

そう言い切る彼の言葉には、諦めではなく、一線で競技を続けてきた者だけが持つ現実感があった。

Photo provided by the athlete

きっかけを「自分で」つくる段階へ

これまでは、監督に火をつけられてきた。外され、追い込まれて、前に進んできた。

「そのきっかけがあれば、逆境をものにする力は自分にはある。」

けれど、大学というステージとなった。今の環境は違うようだ。

「今の監督は、そういう感じではないんだよね。これから、生きていく上で毎回人がそうやって言ってくれるとは限らないし、次のステージに向かっていくためにはやらなきゃいけないことだなと思う。」

だからこそ、これからは自分で火をつけないといけない。
何がきっかけになるかは、本人にもまだ分からない。

それでも、陸上について、本気で語り合える仲間の中にいること。そして様々な人との関わりの中にあることが彼にとっての生きがいを形作っていくと彼は言う。

何を信じてトップを目指すのか

「トップに上り詰めることは、難しくない」

彼は言う。

「トップに上り詰めることは、大して難しいことじゃないと思うようにしてる。」

もちろん、道は長い。簡単だとは言っていない。ただ、やることは単純だとも思っている。
目の前の20分を積む。それを、毎日、地道に続ける。

「無理な道だとは、絶対に思わない。」

その思考の原点は、意外なほどシンプルだ。
小学生の頃、持久走大会でどうしても勝てない相手がいた。だから勝ちたかった。
家の前の公園、一周1km。その1kmをノーアップで毎朝全力で走り、タイムをノートに書き留めた。
努力が、分かりやすく結果に結びつく。
その感覚を初めて知ったことが、「陸上をもっと頑張りたい」という欲求につながった。

ここ一番でやれるという自負

佐々木は自分をこう評する。

「俺は、ここ一番で力を発揮する天才だと思ってる。」

全国高校駅伝、都道府県駅伝。年間最大の舞台で、外した記憶がない。
狙った大会があるなら、そこに全力でコミットする。そうすれば、今のところ失敗していない。
レース前に不安はない。

「もうこれだけやってきた。あとは体に身を任せるだけ。」

落ちきるほど、ワクワクする

怪我で走れない時期。腕の骨折、膝の痛み。まともに走れない状況。
それでも彼は、落ちきった先でこう考える。

「ここから、俺はどう変われるんだろう。」

落ちきれば、もう下はない。あとは上がるだけ。
戻れないかもしれない、という発想より、どう戻るかを考える。

「そこからまた復活してとんでもないような結果を出すのが特別な人間だと思うし、それっていうのが、結局一番自分が目指すところにもひとつ繋がってるのかな。」

編集後記

トラックから駅伝への切り替えで、腐り、落ちてきた。
それでも、彼は必ず積み直す。
完全に落ち切ったとき、彼は「ここから、何を積み上げるか」という一点に意識を集中させる。
一日も欠かすことのない積み重ねが、やがて着実な実力となり、根拠のある自信へと変わっていく。

一度完全に落ちてから、思考と行動を最小単位にまで分解し、積み直す力。

それこそが、彼の強さだ。だから彼は、今もこう言える。

「逆境をものにする力は、自分にはある。」

これまでは、そのきっかけを、監督や周囲の言葉に委ねてきた。
だが、今は違う。今度はそのきっかけを、自らがつくっていくステージに入った。
「落ちる」ことから始まる積み重ねが、やがて彼自身の中で循環し、前進を生み続ける。

【第三回 予告】

彼が目指すのは、勝利だけではない。
「究極の走り」と「特別な存在」。

なぜ、さらに先を目指せるのか。
第三回では、佐々木哲を支える思想と、これからの進路に迫る。

関連記事

特集記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

吉澤 登吾

U20日本選手権優勝(大会新記録)を果たし、その際のタイム1分47秒80は高校日本歴代5位というトップクラスの記録であった。その一方で、東京大学 理科一類に現役合格を果たしており、まさに“究極の文武両道”の体現者だ。U20世界選手権日本代表という世界レベルでの経験と、東大合格という揺るぎない知的な実績を持つ。

Noah|1人のアスリート

国内最高峰の大会でメダル獲得という実績を持つ。トップレベルで実績を持つアスリートとの対談を通じ、結果の裏にある価値を再発見。異分野との対話から、吉澤と共に刺激的な学びを生み出す。

最近の記事
  1. 【ドルーリー朱瑛里】第3回:終わらない道を進みながら、唯一無二になっていく

  2. 【ドルーリー朱瑛里】第2回:「一人でやる」限界と「他者に頼る」選択

  3. 【ドルーリー朱瑛里】第1回:誰かに言われたからじゃない。ただ速くなりたかった

TOP
CLOSE