紹介
異色のキャリアと「楽しさ」という原点
次世代のトップアスリートのリアルな思考を掘り下げるメディア『Cross Track』。今回対話したのは、極めて異色のキャリアを歩んでいる澤田結弥だ。
本格的に競技を始めてからわずか1年半という短い期間で、高校2年時に出場した2022年U20世界選手権女子1500mで6位入賞。当時の高校歴代2位のタイムを記録した。2024年9月からは米国ルイジアナ州立大学(LSU)へ進学し、日本という枠組みを超えて世界を舞台に競技に打ち込んでいる。

本稿では特に、競技前、そして競技中における「考えすぎない強さ」──澤田結弥が無意識のうちに研ぎ澄ませてきた心理の在り方に焦点を当てる。
澤田の陸上キャリアは、多くのトップアスリートとは異なる。小・中学生時代から競技に親しんできたわけではなく、中学まではバスケットボールに打ち込んでいた。陸上との最初の接点は、中学の駅伝部だったという。
「まず始めたのは中学の駅伝部がきっかけで、駅伝とかに出て、みんなで頑張って県で優勝できたりして、やっぱ走るのが楽しいなって」
この「楽しい」という感覚が、後の彼女の競技観の核となっていく。

Photo provided by the athlete
中学3年時、新型コロナウイルスの影響でバスケットボール部は例年より早く引退を迎えた。その結果、通常であれば出場できなかったジュニアオリンピックに1500mで出場する機会を得る。そこで彼女は全国5位という結果を残した。
「1500が楽しいと思ったし、1番や、もっと上の順位を目指したいと思った」
この成功体験に加え、中学時代の先生からかけられた「今が限界値じゃないから、もっと上を目指せる」という言葉が、彼女を陸上の世界へと本格的に引き寄せた。自分の可能性への確信。それが、進路を決定づける決定打となった。
短すぎず、長すぎない「駆け引き」の魅力
澤田にとって1500mという種目は、単なる得意種目ではない。身体感覚と知的好奇心、その両方に最もフィットする距離だという。
「今も続けているのは、短すぎず長すぎないから自分にとってちょうどいいっていうのと、駆け引きとかレース展開がいっぱいあって面白いなって」
スピードと持久力のバランス、そして刻一刻と変化する集団の中での判断。中距離特有の複雑さが、彼女の探究心を刺激し続けている。
競技を「楽しめる」という感覚。それは、彼女の競技人生を支える最も安定した土台となっている。
試合へのメンタルの整え方

積み重ねとルーティン
澤田が試合前のメンタルを整える上で、最も大きな支えとなっているのは日々の練習だという。
「自分は練習がすごい自信になってて、練習でちゃんと走れた、いい練習ができていると思えると、気持ち的にも試合が楽しみになるし、試合もうまく走れる感じがする」
また、周囲との対話も欠かせない要素だ。コーチとの会話に加え、試合前日には中学時代の先生と連絡を取り、自分の気持ちを和らげてもらったり、自信をもらったりすることもあるという。
こうした準備を重ねる一方で、かつての彼女は試合前の不安をコントロールするため、細かなルーティンを数多く設定していた。しかし、アメリカでの経験を経て、その考え方は大きく変化した。
「前はルーティンをたくさん作っていたんですけど、作りすぎると負担になるし、1個でもできていないとパニックになっちゃう。だから今はそんなに作っていないです」

割り切るという転換
試合直前の1週間の練習の調子が悪かった時、どうするのか。
その問いに対し、澤田は明確にこう答えた。
「メンタルが崩れないように、コーチに頼ってアドバイスを聞いたり、自信につながるように、少し違う角度から刺激を入れてもらったりしています」
さらに、彼女が口にしたのが、「割り切る」という言葉だった。
「割り切って考える。レースを次への練習と捉える。その中でも、1つでも課題や目的をクリアしようと考える」
たとえ狙っていた展開にならなくても、そのレースの中で何か一つ持ち帰ること。それが次につながると考えている。
レースを結果だけで評価せず、必ず何かしらの収穫を持ち帰る。
この姿勢が、彼女のメンタルを安定させている。
「ラストで気持ちよく勝てたとか、最初のラップは良かったけど後半が落ちたとか、そのレースごとに課題や良いところが見つかる。それが大きな試合につなげるためにもいい」
アメリカという環境の中で、澤田の視点はより長期的なものへと変化していった。
世間から注目される選手ということもあり、プレッシャーを感じる場面ももちろんある。しかし、レース直前になると意識は自然と切り替わるという。
「レース前はもうレースのことだけに頭がいっているので、他のことはそこまで気にしてないかもしれない。プレッシャーはあるけど、スタートしたらもう勝負だ、戦う、みたいなモードになっている」

レース中の心理、思考
レース中、澤田がまず意識するのは位置取りだ。
「なるべく前の方に行くようにしています。後ろや外側に行くと無駄に体力を使って、ラストが上がりきらないことが多いので」
終盤に向けては、フォーム面にも注意を払う。
「ラストでスピードを上げようとすると、ストライドが広がりすぎたり、腕振りが開いてしまう。だからピッチを意識して上げるようにしてます。でも、ラストは必死だから、正直そんなにいろいろ考えられないです」

1500mの「ギアチェンジ」
アメリカでのコーチングは、レースをより分解して捉えることを求めるものだった。
「アメリカに行ってからは、800m、400m、200m、100mと区切って考えるように言われています」
800m通過で集団の前方に位置し、1200m付近では先頭を狙える位置へ。そこから200m、100mと段階的にスピードを上げていく。
ただし、400m通過の位置はそれほど重視していないという。
一方で、澤田自身が特に重要視しているのは1000m地点だ。
「800m通過では、走りやすくてラストを仕掛けられる前の方の位置にいたい。そして1000mの地点を大切にしています。そこからがラスト勝負だなと思っている」
この1000mを境に、レースは位置取りから「出し切る」フェーズへと切り替わる。ラスト500m、300mは細かく分けて考えるのではなく、「いけるところまで出し切る」という意識で走っている。
もっとも、1500mは展開が極めて複雑だ。最終的には、その場の感覚を何よりも大切にしているという。

「深く考えてるようで、考えてないのかも」
澤田の速さの根底にあるのは、緻密な戦略だけではない。彼女自身、そのレース運びをこう表現する。
「意識はしてるけど、レースはどちらかというと、いつも感覚でやっている」
考え抜いたプランよりも、その瞬間の身体感覚や直感に委ねる。その判断が、結果につながることが多いという。
「うまくいくレースは、感覚で走った時が多い。コーチにもレース感覚がいいと言われます。ここで出ようと思ったら出るし、ついていこうと思ったらついていく。感覚でいってる時の方が、タイムはいいかもしれない」
競技歴の浅さは、固定観念に縛られないという意味で、むしろ強みに働いているのかもしれない。彼女は笑いながら、こう締めくくった。
「深く考えてるようで、考えてないのかも。笑」

高2で挑んだ世界選手権、「何も考えていなかった」という強さ
この「無心」の強さが最も顕著に表れたのが、高校2年の頃に出場したU20の世界大会だった。
人生初の国際舞台で、彼女は当時の高校歴代2位のタイムを記録し、6位入賞を果たす。
「初めての世界大会で何もかも分からなくて、でも決勝に進めたので、とにかく食らいついていこう、やれるところまでやってみようという感じでした。必死についていって、出し切った。正直、あまり覚えていないです」
この「何も考えていなかった」状態こそが、大舞台でも力を発揮できる理由だと自己分析する。
「大きい舞台でも堂々と走れる。試合が大きいからといって、自分の力が出せなくなることはあまりないです」
プレッシャーに弱いと自認しながらも、スタートと同時に「勝負モード」に切り替わる。その勝負強さは、研ぎ澄まされた感覚の賜物だ。

番外編:力まないための指のグリップ
技術的な課題として、澤田は「力み」を挙げる。その対策として、高校時代の先生からもらった「指のグリップ」を今も愛用している。
「腕振りが力みやすいんですけど、力まずリラックスして走れるのがいい。力むと呼吸がきつくなったり、きつく感じることが多かったので、リラックスして良いフォームで走れるのが大きいです」
もっとも、渡米後しばらくはその存在を忘れていたこともあったという。
「無い時は無いで慣れちゃうし、あったらあったでいいと思う。アメリカに行ってしばらく付けてなかった時期もありました」
それでも最後に彼女は、こう付け加えた。
「結局、いろいろ考えているようで、感覚を優先して走っているのかもしれない」
ここでも、澤田結弥の競技観、そして感覚を信じ切る強さが垣間見えた。
編集後記
彼女から感じたのは、「考えすぎないこと」の強さだ。同時に、その裏にある繊細さを垣間見ることができた。
言語化の難しい、感覚の部分。
レース中の思考も、大枠を想定した中で、最終的には柔軟に変化させていく。
ルーティンをなくした柔軟さも含めて、アメリカでの経験が彼女の感覚に磨きをかけているのだなと感じた。
次回予告
次回は澤田がアメリカで得た価値観と、高校時代から、彼女の思考がどのように変化していったのかを深掘る。
彼女にとっての挫折の期間、時に足枷となっていた過去、そしてそれを今、どう捉えているのか。

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